夜祭りの灯りは、
昼間の町とは少し違う顔を見せてくれる。
提灯の光がやわらかく揺れて、
古い町並みの木の壁や、濡れた屋台の縁を
ほんのり金色に染めていた。
その中で、ひとりの女性が
金魚すくいの木桶をのぞき込んでいた。
白と藍色の浴衣には、
花の模様と水の流れが描かれていて、
まるで夜祭りの空気そのものをまとっているようだった。
彼女は、そっとポイを水面に沈める。
赤い金魚が一匹、
光をまといながら近づいてくる。
水面には小さな波紋が広がり、
提灯の明かりがゆらゆらと揺れた。
その瞬間、
彼女の顔に自然な笑みがこぼれる。
大きな出来事ではない。
誰かに自慢するようなことでもない。
ただ、金魚を一匹すくえそうになっただけ。
それなのに、
その小さな一瞬が、
夜の町を少しだけ明るくしているように見えた。
隣では、黒猫がじっと水槽を見つめていた。
金色の目を丸くして、
水の中を泳ぐ金魚たちを追っている。
その姿が少しおかしくて、
少し不思議で、
この夜祭りにだけ現れる小さな友だちのようだった。
江戸の町並みを思わせる古い屋台。
木桶の中を泳ぐ金魚。
浴衣の袖。
あたたかい提灯の光。
そして、笑顔と黒猫。
どれも派手ではないのに、
忘れにくい景色になっている。
夏祭りのよさは、
きっとこういうところにあるのだと思う。
大きな花火だけではなく、
屋台の隅で見つけた小さな楽しさ。
人混みの中でふと立ち止まる時間。
水面に映る灯り。
すくえそうで、すくえない金魚。
そして、
その全部を楽しんでしまえる心。
この一枚には、
そんな夏の夜のやさしさが詰まっている。
金魚すくいをしているだけなのに、
どこか物語の途中のようで、
見ているこちらまで、
提灯の灯りの中に入り込んだ気持ちになる。
きっとこの夜は、
金魚をすくえたかどうかよりも、
この瞬間を楽しめたことのほうが大切なのだろう。
黒猫が見守る木桶の前で、
彼女はまた静かに笑う。
その笑顔の中に、
夏祭りの小さな奇跡が
そっと浮かんでいた。
ここまで読んでくれて、ありがとうございます
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