朝の光は、まだやさしくて静かだ。
弓道場の木の香りと、少し冷たい空気が混ざり合って、世界はどこか澄んでいる。
その中で、彼女だけが別の時間を生きているようだった。
弦にかかるわずかな張り。
指先に集まる意識。
呼吸は浅くも深くもなく、ただ“そこにある”だけ。
次の瞬間、すべてが解き放たれる。
矢は音もなく前へ進み、
彼女の中にあった緊張も、迷いも、一緒にほどけていく。
けれど不思議と、静けさは壊れない。
むしろ、放たれた後のほうが
この場所はより深く、澄んでいくように感じる。
たった一瞬。
それなのに、その一瞬のために
どれだけの時間を重ねてきたのだろう。
朝日は変わらず差し込み、
舞う埃が小さく光る。
世界は何も変わっていないのに、
確かに“何か”が通り過ぎた気がした。
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