戦国の世は、常に音がしていた。
刀が触れ合う音、人の叫び、そして時代が軋む音。
その中で、ひとりの女性は、静かにそこにいた。
濃姫。
美濃の国、策略に長けた父――
斎藤道三の娘として生まれた彼女は、
やがて政の流れに乗るように、尾張へと送られる。
嫁ぐ先は、うつけと呼ばれた男。
織田信長。
噂は風のように耳に入っていたはずだ。
愚か者か、それとも――。
父は言ったとも伝わる。
「見限れ」
あるいは、「討て」と。
けれど、濃姫は刃を取らなかった。
その代わりに、何を見たのだろう。
粗野な振る舞いの奥に、誰にも理解されない何かを。
あるいは、時代そのものを変えてしまう火のようなものを。
やがて信長は、天下へと手を伸ばしていく。
戦は広がり、名は轟き、世界は大きく動いていった。
そのすぐそばで――
濃姫は語らない。
子を残すこともなく、名を残すことも少なく、
ただ、そこにいたという事実だけが、かすかに残る。
そしてある日、すべてが燃え落ちる。
本能寺の変。
炎の中で、ひとつの時代が終わる。
そのとき、彼女はどこにいたのか。
何を見て、何を思ったのか。
答えは、どこにもない。
ただひとつ確かなのは、
激しい時代の中心にいながら、
誰よりも静かに生きた女性がいたということ。
名も、言葉も、多くは残されていない。
だからこそ――
その沈黙が、今も想像を呼び続けている。
まるで、遠い昔の火の残り香のように。
※この記事には広告(アフィリエイトリンク)が含まれています
ここまで読んでくれて、ありがとうございます。
Amazon人気ランキングを見る
よろしければ、
そっとのぞいてみてください。

0 件のコメント:
コメントを投稿